京都は広い!さあ【洛中】エリアを探検しにでかけよう!おすすめ観光スポット10選

京都は広い!さあ【洛中】エリアを探検しにでかけよう!おすすめ観光スポット10選

京都・洛中エリアは京都市内中央に、東西の本願寺や新京極には本願寺、御苑周辺には下鴨神社や相国寺、西陣・北野には清明神社、北野天満宮など有名なスポットが非常に多い場所です。この他にも、まだ見知らぬ寺社仏閣がたくさん存在しています。有名な寺社仏閣を回るのも良いのですが、それ以外にも歴史にまつわる逸話が残っているスポットがたくさん。今回は有名なスポット以外にもおすすめの穴場を紹介していきます。

2017年07月01日

京都2つの本願寺

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出典:commit;さんの投稿

洛中で有名なのは、本願寺の存在です。東西に分かれた本願寺は、どちらも浄土真宗の寺院で元は1つの石山本願寺でした。織田信長が本願寺に宣戦布告したことから分断され、東西2つの本願寺となりますが、親鸞聖人が仏教を広めたのはこのような教えを割るためではありません。政治に利用されたことで、やむなく分断された歴史を持っているのです。それを踏まえたうえで本願寺を見ると、京都がまた楽しくなりますよ。
石山本願寺討伐は11年の年月がかかっています。百戦錬磨で短気な織田信長が、11年間も必要に石山本願寺を落としたかった理由は、単に宗教的な問題ではなく、天下統一のために土地が欲しかっことが要因ではないかと考えられています。城でもない石山本願寺が度重なる攻防に耐えられたのも上町台地だったからでしょう。
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出典:nomsunさんの投稿

その後は、和睦を受け入れた顕如上人の息子准如は西本願寺、徳川家康によって教如に東本願寺の創建を許しました。「信長と和睦するのか否か」で親子の間に溝ができたことが、本願寺を東西に分けることになったのです。真田親子は、真田昌幸・信繁(幸村)と真田信幸(真田信之)が豊臣と徳川に分かれましたが最後までお互いの立場を考え気持ちを汲み取っていましたが顕如上人の息子達にはそれができなかったことが今思うと残念な気もします。

1.西本願寺

1.西本願寺1200873

出典:暁さんの投稿

『逆さ銀杏』が御影堂を守るかのように覆いかぶさった雄大な光景が広がる西本願寺。親鸞聖人の木造がこちらには安置されています。この逆さ銀杏は何百年もの間、西本願寺を火災から守った神木として愛されています。親鸞は、浄土宗の開祖法然の弟子でもあり、貴族間に浸透した「南無阿弥陀仏」の念仏を東国を中心に広めていきます。親鸞の娘『覚信尼』が親鸞の遺骨を知恩院山門北に霊廟を建て安置したものを覚如が本願寺としたのが本願寺の始まりです。
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出典:commit;さんの投稿

本願寺を大きくしたのは八世である蓮如で、浄土宗の教えをわかりやすく説いたことから民衆の心を一気につかみ飛躍的に発展しますが、それが政権や大寺との確執を生むことになるのです。徳川家康は大組織である本願寺を幕府に懐柔させるために、本願寺を東西に分けてたとも言われています。西本願寺の東側には寺内町が広がり、江戸幕府が開かれてからはこの寺内町に逃げ込んだ罪人は京都町奉行所の与力や同心でさえも手だしをすることができなかったとか。寺内町奉行にお伺いを立てないと、罪人を捕まえることができなかったそうです。御影堂には親鸞の木造、阿弥陀堂には本尊の阿弥陀如来を中心に日本・インド・中国の高僧の像が祀られています。

唐門(日暮門)

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出典:moon sideさんの投稿

世界遺産に登録された西本願寺には、伏見城に遺構である唐門があり、その美しい装飾には誰もが見惚れて日が落ちるのを忘れたとも伝わり『日暮門』の異名があります。国宝でもある飛雲閣は、秀吉が茶々のために建築した聚楽第から移築されたもの。在りし日を偲んで、この素晴らしい光景にひと時の時間を過ごしてみてはいかがでしょうか。安土桃山時代から江戸時代までの移り変わりを一目で感じることができる、国宝の書院や日本最古の能舞台をその目でじっくりとご覧ください。

2.東本願寺

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出典:shining0715さんの投稿

真言宗大谷派本願寺本山真言本廟、通称『お東さん』は第十一世顕如の長男教如っを門主として徳川家康のよって寄進されたお寺です。三河一向一揆で、浄土真宗の門徒に苦しめられていた家康は仏教徒の団結力の恐れ、本願寺の勢力が再び大きくならないように教如には本願寺を継がせず、この東本願寺を与えたわけです。

御影堂

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出典:A415549さんの投稿

御影堂は江戸時代から何度も火災に遭い、そのたびに再建されました。明治28年に再建で奈良の東大寺よりも大きな面積を誇ります。平成21年12月に平成の大修理によって美しくよみがえりました。同時に阿弥陀堂も修復工事が行われ、本尊の阿弥陀如来像も無事に還座しています。
徳川将軍家によって庇護を受けたこの東本願寺も、寺内町の自治は認められており、どんな大悪党が逃げ込んでも寺内奉行が引き渡さなくては裁くことができませんでした。蛤御門の変では、御影堂・阿弥陀堂が焼失し明治28年に再建され、いまに至っています。御影堂には日本最大の多きさの『親鸞の木像』が安置、親鸞直筆の『教行信証』が寺宝など見どころもたくさんあります。平成の大修理を得て、再び当時の輝きを取り戻した本願寺をじっくりご覧ください。

3.京都のへそ「六角堂(紫雲山頂法寺)」

3.京都のへそ「六角堂(紫雲山頂法寺)」1206020

出典:

六角堂は京都のビジネスマンの憩いの場として、昼時には思い思いに休憩している姿が多くみられます。本堂には、秘仏『如意輪観音像』があり、厩戸王(聖徳太子)の持仏であったとも伝わっています。池坊発祥の地でもあり、京都のへそとしてだけでなく春には美しい花を愛でることができるおすすめスポット。
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最近では、厩戸王(聖徳太子)の偉業については疑問視される発見があったことで、教科書からは聖徳太子の名前が消えてしまうと大騒ぎになりました。それでも多くの伝説を残した人物で、四天王寺の造営のためにこの地を訪れた際に如意輪観音が持ち上がらずにこのお堂を建立したとも。また平安京造営時には、六角堂自ら動いて道を通したなどの逸話が今でも残っています。

縁結び!六角柳

縁結び!六角柳1226258

出典:

2本の枝を結びつけるようにおみくじを結ぶと良縁に恵まれるとして女性に人気があるスポットでもあります。嵯峨天皇が『見の心も美しい妃を迎えたい』と強く願うと、六角堂の柳の下にいけというお告げがあったとか。そのことからも、この柳には縁結びのご利益あると言われているそうです。
小野妹子が厩度王子(聖徳太子)の命で入道し、持仏を安置した六角堂に花を生けたことから『池坊』が発祥したとも伝わります。桜の季節には特別拝観にライトアップ、池坊いけばな作品とのコラボを見ることができ、スケールの大きな素晴らしい桜と生け花のコラボを楽しむことができます。

4.秀次を祀る「瑞泉寺」

4.秀次を祀る「瑞泉寺」1222104

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瑞泉寺は京都の木屋町界隈に存在する小さな寺院で、豊臣秀次の菩提を弔うために建立されました。豊臣秀次は、秀吉の甥でもあり関白にまでなった人物です。秀吉の怒りを買ったために切腹させられ『秀次悪逆塚』まで建てられた悲劇の人物でもあります。NHK大河ドラマ『真田丸』では、苦悩する秀次の姿や、これを境に豊臣家が滅亡への階段を駆け上がっていく様子が描かれました。

引導地蔵尊

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出典:

豊臣秀次が切腹になった後に、正室・側室はおろか子供までも三条河原で処刑されました。その光景は「地獄絵図のようだった」と後世まで語られる程に無惨でした。処刑後には、墓を建てられるわけでもなく畜生塚とされ「秀次悪逆塚」として見せしめにされたのです。
引導地蔵尊は、処刑される人達が極楽浄土にたどり着けるようにと処刑場に持ち込まれました。奥にある御堂には、首塚があり五輪卒塔婆が見えます。その辺りに遺体を投げ込んだ穴があったとか。小さなお寺ですが、他とは少し空気が異なる事もあり身が引き締まります。家族が殺される様子を目の当たりにして、自分の処刑を待つ子供の気持ちを考えると胸が苦しくなります。見た目の美しさだけでなく、悲しい歴史があるお寺にも足を踏み入れてみましょう。

5.壬生狂言発祥の地「壬生寺」

5.壬生狂言発祥の地「壬生寺」1222112

出典:sato13さんの投稿

新選組発祥地として知られていますが、壬生狂言でも知られており、節分と4月10月には地元の人により演じられる無形民俗文化財にもなっています。壬生寺の表門は東ですが、南門から入ると異文化を感じる雰囲気に驚くはず!ミャンマーの塔「パゴダ」をイメージした千体仏塔が目に飛び込みます。この石仏は明治に各地から集められたもので、この事から石仏の寺とも言われているのです。

一夜天神堂

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一夜天神を中心に、金毘羅大権現、六所明神が祀られています。菅原道真が流罪に決まった時、壬生の地で一夜を明かしたと伝わります。そのことから、学業のご利益のある天神様としても多くの人に篤く信仰されているそうです。壬生狂言や新選組のイメージが強くなった壬生寺ですが、天神様のご利益もいただいて帰りましょう。
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出典:

阿弥陀堂の地下は歴史資料館になり、壬生塚へと繋がっています。壬生塚には新選組局長近藤勇の像があり遺髪塚には髪のみが祀られています。それだけでなく芹沢鴨、粛清された隊士の墓がありますので新選組ファンにはたまらない場所です。

6.静かに癒されたい「下鴨神社」

6.静かに癒されたい「下鴨神社」1222139

出典:やまもさんの投稿

広大な敷地は無数の大木に囲まれ、樹木の匂いが心地よく癒してくれます。異空間にいるかのような美しいこの下鴨神社は、 過去には賀茂川と高野川の両川の川岸まで森が広がっていました。この糺の森の中央が下鴨神社な参道へと続きます。「賀茂御祖神社」が正式名称で祭神は賀茂建角身命と玉依姫命。朝廷から尊祟されただけでなく、武家からの信仰も厚く源頼朝も信仰が篤かったようです。

「河合神社」で美の祈願

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出典:糸 屯さんの投稿

下鴨神社の第一摂社でもある河合神社は『玉依姫命』を祀ることから「美のご利益」があるとして女性の参拝者が非常に多いのです。拝殿には肌が白くなりと言い伝えのある白石に鏡が置かれていますので、美顔祈願をしっかりと!こちらでの祈願が終わったら、鏡絵馬を奉納してください。
「河合神社」で美の祈願1226896

出典:izzuo119さんの投稿

『方丈記』を執筆した鴨長明は、後鳥羽上皇に河合神社の神職に推薦されたものの実現しませんでした。出家した鴨長明は、京を転転として日野に方丈を結びました。この河合神社と鴨長明は縁が深い事から、方丈が復元されています。内部には入れませんがこちらも足を運んでみましょう。
「河合神社」で美の祈願1222143

出典:moon sideさんの投稿

下鴨神社の御神紋の『双葉葵』が栽培されているなど、下鴨神社の縁結びのパワーがみなぎっています。葵祭やみたらし祭で賑わう下鴨神社ですが、のんびりと新緑のパワーを感じながら神様の声を聞きにゆっくりと歩いてみたくなる場所です。

7.自然いっぱいの「京都御苑」

7.自然いっぱいの「京都御苑」1223524

出典:ニーナさんの投稿

御所を中心に公家屋敷で構成されていたものを公園にしたのが京都御苑です。苑内には3つの神社があり散策には丁度よい場所。広すぎるくらいの敷地ですが、京都らしい雰囲気がなんとも贅沢です。一周すると約4kmにもなる広大な敷地。歩くだけで疲れそうですが、レンタサイクルで走る事もできるのでぶらっと回るのも楽しいですよ。
7.自然いっぱいの「京都御苑」1223523

出典:Pink leafさんの投稿

春には梅に桜・桃の花も御苑いっぱいに広がり、タイミングがよければ3つ同時に見ることもできるので、春の京都御苑で穏やかな一時を楽しみたいですね。

拾翠亭(しゅうすいてい)

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出典:

九條邸跡敷地内にある茶室になります。なんと200年前から現存するもので、公家のなかでも『五摂家』と呼ばれるなかの一つ。毎週金・土曜日の2日間のみ一般公開されています。公家の茶室に入るなんて…と臆するかもしれませんが、ここでしか楽しむことができない拾翠亭で一息ついてみてはいかがでしょうか。

京都御苑の詳細情報

京都御苑

住所
京都府京都市上京区京都御苑3
アクセス
地下鉄丸太町駅・今出川駅からすぐ

データ提供

京都市営地下鉄「丸太町」駅または「今出川」駅からすぐ

8.徳川時代の幕開けと終焉の場所「二条城」

8.徳川時代の幕開けと終焉の場所「二条城」1225242

出典:

徳川家康が征夷大将軍任命された時には祝賀会が行われ、豊臣秀吉亡き後の政権を巡って徳川家康と豊臣秀頼が謁見し、大政奉還と歴史の大きなターニングポイントをこの二条城は見てきました。春は桜が美しい名所としても人々の目を楽しませてくれる二条城は国宝を堪能できる京都屈指の人気スポットです。

国宝!「二の丸御殿」

国宝!「二の丸御殿」1225243

出典:

度重なる火災により多くの城は、再建されたことから当時のままに残っているのは日本で12の城のみとなっています。そのなかでも『御殿』が現存するのは4つで、この二条城もその1つです。江戸初期に建築され、現在まで当時のままに残されている遺構であります。内部は『将軍にふさわしい』とも思える重厚感があると同時に、落ち着かない雰囲気さえあるのが面白いところ。天下に徳川あり!と言わんばかりの豪華な内部で、所々に格の違いを見せつけてくれます。
特に所壁画は狩野一派によるもので、重要文化財にもなっています。大広間や寝殿などぐるっと回ると、プライベートな空間は落ち着いた雰囲気ですが、それ以外は徳川の威信を見せつけるかのような豪華で圧力を感じるようになっているのも面白いもの。これを継続していくのは大変なことだったでしょうし、財政難になったのもうなづけるようにも思います。家康・秀忠以後の将軍が足を踏み入れたことがなかったのも、徳川家康あっての二条城だったと考えるべきなのでしょうか。

9.京都五山・第二位の名刹「相国寺」

9.京都五山・第二位の名刹「相国寺」1226919

出典:

大きな松が相国寺の境内に足を踏み入れるとすぐに目に入ります。高々とした枝ぶりは見事で思わず見惚れてしまうほど。塔頭を12院もつ大きな寺院で、水上勉の『雁の寺』で有名な瑞春院も相国寺の塔頭です。足利義政が創建し、金閣寺と銀閣寺をも塔頭とする日本最古の法堂があります。

承天閣美術館

承天閣美術館1226921

出典:ラウン3.0さんの投稿

御所から北側にある相国寺は足利義満の権力を象徴しています。御所の側においそれと寺を創建することはできないのですから、当時の勢いがどれだけだったかわかるというものです。文化財をこの美術館ではたっぷり堪能できますが『夕佳亭』が復元されていて金閣寺では見られない内部もじっくり見ることができます。よく考えられた造りになっていて、義満の好みがよくわかるのも面白いですよ。
また伊藤若冲の障壁画が見られるのも相国寺だけ。ほかにも名画、国宝に文化財が豊富です。素晴らしい日本の文化が集結したこの場所は、洛中でもっとも見るべきスポットといっても過言ではありません。

10.平安時代稀代の陰陽師!安倍晴明を祀る「晴明神社」

10.平安時代稀代の陰陽師!安倍晴明を祀る「晴明神社」1226995

出典:yochanikaさんの投稿

映画やドラマ、小説にもなった安倍晴明が実際に住んでいた自宅がそのまま神社になっているのが晴明神社。御所の鬼門に当たる場所で、晴明自ら鬼門封じをしていたと言われています。安倍晴明の死後には、一条天皇自ら彼の偉業に対して敬意を示し自宅を神社に創建しました。

神通力のある霊水

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出典:

御神木や厄除け桃など、見どころが満載なのですが、手水舎前の『晴明桔梗』の五芒星が描かれた井戸『晴明井』の霊水に注目してみましょう。安倍晴明の霊力で湧き出たと伝わる水で、今もこんこん湧き水が流れ出し、病気平癒にご利益があると言われています。毎年水が流れ出る方向が変わるらしく、立春にその年の恵方に水の出口を変えているのだとか。
神通力のある霊水1226996

出典:neo はっし~さんの投稿

安倍晴明に神通力は、今もまだ御所に向けて発せられていて京都の平安を守っているのだとか。こちらの水を頂くと、体に力がみなぎり元気になるそうです。最近お疲れ気味の人や、何か強い願いをもっているのなら是非とも霊水を頂き、みなぎるパワーを受け取りましょう。

洛中をめぐって…

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出典:JoggerRさんの投稿

京都御所や本願寺など、歴史に深く関わったスポットが多いのが特徴的。大寺や塔頭も多く見ごたえも十分にあります。京都旅行が初めてならは、まず「洛中」エリアから回ってみるといいかもしれませんね。特に本願寺の存在は、京都の中にあって非常に珍しい存在でもあります。神仏との共存、天皇と将軍とはいったいどんな関係だったのか。この洛中は、京都の中心部というだけでなく、まだ見ぬ世界が満ちているそんな気さえするのです。

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