歴史と共に「徳川家康ゆかりの城」を巡る!日本全国の名城

歴史と共に「徳川家康ゆかりの城」を巡る!日本全国の名城

ゆかりの地が点在している徳川家康。歴史的背景を知りながら、徳川家康のゆかりの地を巡ってみませんか?こちらでは「徳川家康にゆかりのある城」をご紹介します。各地にあるお城で、思いを馳せてみてはいかがでしょうか?

2016年11月14日

天下泰平の世を築いた“徳川家康”を巡る旅

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長らく続いた戦国の世を終わらせ、天下泰平の世を築いた徳川家康はどのような人生を送っていたのでしょうか?今回、ご紹介するお城は、家康の人生を巡ることにもつながります。家康、歴史、お城がお好きな方はぜひ参考にしてお出かけしてみてください。

徳川家康の生まれた城「岡崎城」

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徳川家康生誕の城「岡崎城」。幼少期は松平竹千代、後に元康、今川家滅亡後は徳川家康と名を変えていきました。6歳で織田信長の父・信秀の、8歳で今川義元の人質として幼少期を過ごしていましたが、桶狭間の戦いで今川家が滅亡したことをきっかけに独立。以後、11年間を岡崎城で過ごします。

徳川家康の生まれた城「岡崎城」884683

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1542年12月26日に誕生した徳川家康は、この「東照公産湯井」からくみ上げられた水を産湯に使用していたそうです。

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岡崎城は現在、岡崎公園として整備・開放され、市民の憩いの場となっています。岡崎城天守閣、本丸、二の丸が見られるほか、竹千代・家康像やからくり時計なども見ることも可能。また、日本さくら名所100選にも選出されている岡崎公園の夜桜は東海地方随一と言われていて、毎年桜の季節にはたくさんの観光客で賑わうスポットです。

家康が17年在城した出世城ともいわれる「浜松城」

家康が17年在城した出世城ともいわれる「浜松城」884694

出典:kisuke_miniさんの投稿

徳川家康が岡崎城から本拠を移し、17年間在城した城「浜松城」。野面積みの石垣や、歴代城主の多くが出世したことから「出世城」としても有名なお城です。元々は「曳馬城」と言う名称でしたが、馬を曳く=敗北につながるというのが縁起が悪かった為、家康が城名・地名を「浜松」と改めました。

家康が17年在城した出世城ともいわれる「浜松城」884708

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城内は家康に関する武具や資料が展示され、展望台からは浜名湖をはじめ、富士山も一望することができます。金・土曜日はナイター営業が開催されているので、昼間とは違う風景をお楽しみください。園内には井戸や天守台、家康像、家康が自身の手で植えたみかんの木を見ることができます。

家康が17年在城した出世城ともいわれる「浜松城」884706

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自然の大小の石を組み合わせて造り上げる野面積みの石垣は、一見崩れ落ちそうに見えますが、400年もの間崩れずにその原型を保っています。近年、この浜松城の石垣にはハート型の石が組み込まれていると話題になっていますので、ぜひ探してみてください。

家康が関東に転封された時に入城した「江戸城」

家康が関東に転封された時に入城した「江戸城」884765

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北条市の本拠地小田原城が落城したのち、秀吉に命ぜられ家康が入城した「江戸城」。「江城」(こうじょう)や「千代田城」と呼ばれることもあります。江戸幕府開幕前は徳川家の居城、開幕後は幕府の政庁となったお城です。

家康が関東に転封された時に入城した「江戸城」884772

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江戸城は現在、皇居として使用されています。皇居東御苑と皇居外苑は一般公開されているので気軽に立ち入ることができますよ。

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皇居内の建物を見るには、事前の申し込みが必要になりますので、富士見櫓や宮内庁などを見たい時は申し込みをしましょう。当日の申し込みは受け付けていないのでご注意ください。

幼少期・人質時代、大御所時代を過ごした「駿府城」

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家康が人質とされていた時代と、秀忠に将軍職を譲った後、大御所として晩年を過ごした「駿府城」。当時は五重七階の大天守がありましたが、1635年に焼失し、以後再建されることはありませんでした。

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本丸跡には鷹狩りをする家康像、その向かいには家康が手植えしたと言われるみかんの木があります。ほとんどの建物は明治廃城令によりなくなっていますが、平成に入ってから巽櫓、坤櫓、東御門など再建された建物もあります。

幼少期・人質時代、大御所時代を過ごした「駿府城」884718

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復元された東御門、巽櫓、坤櫓の内部には駿府城に関する展示を見ることができますが、坤櫓は別に入館券が必要になりますのでご注意ください。公園の北東には「紅葉山庭園」が造営されており、春は桜、夏は紫陽花、秋は紅葉、冬は椿と四季折々の庭園の風景を楽しめます。

徳川家康が息子の為に最後に建てた「名古屋城」

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出典:kyuさんの投稿

徳川家康が九男・徳川義直のために建てた「名古屋城」。家康が最後に建てたお城としても有名ですね。昭和20年の空襲の際に、ほとんどの建物が焼失してしまいました。ですが積極的な再建工事により、大部分が当時の姿を取り戻してきています。

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名古屋城には、加藤清正の石像や清正石という大きな石があります。加藤清正の名前を多く見られることから、城主と思われがちですが、城主ではなく築城を担当した武将です。

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平成25年5月に一部公開となった煌びやかな本丸御殿は、館内すべて撮影可能ですが、フラッシュだけはたかないように気を付けてください。現在も復元工事が続いており、平成30年度には全体公開されるスケジュールが組まれていますので、出来上がりを楽しみに待ちましょう。

番外編

小牧・長久手の合戦の舞台ともなった「小牧城」

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織田信長の死後、信長の後継者を巡って羽柴秀吉VS織田信雄・徳川家康連合軍が争った小牧・長久手の合戦で、信雄側が布陣した城「小牧城」。小牧周辺での戦闘は行われず、その後表舞台に立つことはありませんが、入山禁止の措置が取られたため、遺構は人の手が加わらず、ほぼ当時のままを保っています。現在は歴史公園、歴史資料館として一般公開されています。

秀吉の死後、豊臣秀頼の後見役として努めた城「伏見城」

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出典:k.甘辛さんの投稿

秀吉の死後、家康が秀頼の大老として入城した「伏見城」。1600年関ケ原の戦いの前哨戦で落城しましたが、2年後に再建、その翌年に征夷大将軍に就任したお城です。現在建っている模擬天守と小天守は当時のものではなく再建されたものですが、2つの天守を同時に見られるところは中々ありません。

伏見城の詳細情報

伏見城

住所
京都府京都市伏見区桃山町大蔵

データ提供

アクセス:(電車)JR奈良線・桃山駅から徒歩約15分
(車)阪神高速8号京都線・伏見出入口を出て京都府道35号線を東に進む

まとめ

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徳川家康にゆかりのあるお城をご紹介しましたが、いかがでしたか?今回ご紹介したお城を巡ることで、天下泰平の世を築いた徳川家康の人となりを知ることができると思うので、家康推しの方はぜひ足を運んでみてください。

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