2016年12月15日

谷根千を文学さんぽ♪夏目漱石など文豪ゆかりの地を巡ろう

谷根千を文学さんぽ♪夏目漱石など文豪ゆかりの地を巡ろう

下町情緒あふれる文京区から台東区一帯の谷中・根津・千駄木周辺を歩いてみませんか?あの偉大な文学者たちの足跡が今も残っているんですよ。名作にインスピレーションを与えた素敵な風景もいっぱい。今回は、夏目漱石や森鴎外、江戸川乱歩や平塚らいてうなど、幅広い作家たちのゆかりの地をご紹介します。お天気のいい日は、お気に入りの本を片手に谷根千周辺を散策してみませんか?

偉大な文学者たちの足跡があふれる谷根千

偉大な文学者たちの足跡があふれる谷根千907019

出典:ことだまさんの投稿

2017年は夏目漱石生誕150周年!

下町情緒の漂う谷中・根津・千駄木(通称:谷根千)周辺を歩いてみませんか?あの偉大な文学者たちにゆかりのあるスポットがたくさんあるんですよ。お天気のいい日は、文学の世界に浸りながらのお散歩がとても楽しいエリアです。今回は、夏目漱石や森鴎外、江戸川乱歩や平塚らいてうなど、幅広い作家たちのゆかりの地をご紹介します。

夏目漱石旧居跡

明治36年、イギリス留学から帰ってきた夏目漱石が住んでいた場所

明治36年、イギリス留学から帰ってきた夏目漱石が住んでいた場所906836

出典:

駒込大観音通りの四つ角を、日本医科歯科大学方面へ少し歩いたところに、夏目漱石が住んでいたという場所があります。今は日本医科大学同窓会館となっている場所に、イギリス留学から帰国後の3年10ヶ月ほどを暮らしていたのだそう。

「吾輩は猫である」はここで執筆された

「吾輩は猫である」はここで執筆された906837

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すぐ横には石碑もあって、処女作「吾輩は猫である」を執筆した場所であり、この旧居が作品の舞台となったという旨の説明書きがあります。続く「坊ちゃん」や「草枕」などの名作もこの家で書かれたものなのだそうですよ。

「吾輩は猫である」はここで執筆された906838

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この家は漱石ファンの間では「猫の家」としても親しまれている場所で、近くにはモデルとなった猫を偲ぶ像も!

「吾輩は猫である」はここで執筆された906842

出典:

さらに興味深いのは、この石碑、題字をあの川端康成が書いているという点です。

森鴎外も住んでいた!

さらに驚くのは、この家には夏目漱石の以前に森鴎外も住んでいたという点です。世間は狭いですね・・・。
この場所から建物こそなくなっていますが、実は愛知県犬山市の「明治村」に移築保存されているそうです。インスピレーションが沸きそうな家にも興味がありませんか?

養源寺

養源寺906892

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南北線の本駒込駅から徒歩5分ほど。千駄木5丁目にある臨済宗妙心寺派のこのお寺は、春日局のご子息、稲葉丹後守正勝が開基したと言われています。その名は「養源寺」。どこかで聞いたことありませんか?

「坊ちゃん」のラストシーンに出てくる!

道後温泉ですったもんだをする坊ちゃんを励まし続けた清さんが、本のラスト数行で亡くなってしまうという儚く印象的なシーンで登場する「養源寺」。ピンと来た人も多いのではないでしょうか?あの昭和を彩った劇作家の井上ひさし氏は、この「だから」が日本文学史上最も美しい「だから」の用例であると絶賛したそう。

清さんのお墓が本当にある!

そしてこの養源寺には、「坊ちゃん」に登場する清さんのお墓が本当にあるって知っていました?もちろん小説はフィクションなのですが、ファンの人がたびたび訪れる結構有名なスポットなんですよ。

東京大学

東京大学906927

出典:

言わずと知れた日本最高峰の大学。

多くの文豪を輩出

多くの文豪を輩出906933

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近年でも様々な分野で活躍するスゴイ人を輩出している東京大学。名だたる文豪たちの多くもこのキャンパスで過ごしていました。

谷根千界隈に、文学者ゆかりのスポットが多いのもうなずけますね。

三四郎池も

三四郎池も906946

出典:

池の形が「心」という文字に似ていることでその名が付いた「心字池」。漱石の名作「三四郎」に登場したことで今ではすっかり「三四郎池」という名前で有名になった場所も、実は東大の構内にあるんです。

「三四郎」は漱石の周りにいた人たちがモデルになったと噂されている物語なんですよ。東大と三四郎池周辺に関する描写も多くみられます。本を片手に散策してみるのが楽しそうなスポットですね。

団子坂

団子坂906963

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千駄木の交差点から本駒込へ伸びるこの「団子坂」も、文学好きにはかなりワクワクするスポットです。

「三四郎」にも出てくる

「三四郎」にも出てくる906972

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「団子坂」の名前の由来は、坂近くに団子屋があったからとか、悪路のため転ぶと団子のようになるからなど、諸説言われています。

幕末から明治末にかけて菊人形の出店が多く並んでいて、明治40年頃はその最盛期だったと言われている場所なのです。今では面影すらないものの、漱石の文学の中では、その様子を垣間見ることができます。

江戸川乱歩の「D坂の殺人事件」の舞台

江戸川乱歩の「D坂の殺人事件」の舞台906974

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江戸川乱歩は実際に、団子坂で「三人書房」という古書店も開いていたとか。「D坂の殺人事件」って団子坂のことだったんですね。

事件やドラマの匂いがしそうな雰囲気のある坂道です。

水月ホテル鷗外荘内の森鷗外旧居跡

水月ホテル鷗外荘内の森鷗外旧居跡 906979

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根津から徒歩5分ほど。上野公園からもアクセスのいいこの温泉旅館は、実はかつて森鴎外が住んでいた場所なんですよ。

「舞姫」を執筆した場所

「舞姫」を執筆した場所906980

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明治22年、結婚したばかりの森鴎外は、ここで「舞姫」などを執筆したと言われています。森鴎外の旧居と庭園は今もこうして大切に保存されています。

会食などにも利用できるとは、ファンにはたまらないですよね。

公式詳細情報水月ホテル鴎外荘

水月ホテル鴎外荘

上野・御徒町 / スタンダードホテル

住所
東京都台東区池之端3-3-21
地図を見る
アクセス
JR上野駅より徒歩15分、地下鉄千代田線根津駅より徒歩5分。
宿泊料金
2,900円〜 / 人

2,900円〜 / 人

データ提供

森鴎外記念館

森鴎外記念館906992

出典:

明治25年1月に、森鴎外は家族とともに団子坂の上にあるこちらの場所で生活をはじめたのだそう。その場所は今、「森鴎外記念館」としてファンに愛される場所になっています。

「阿部一族」「山椒大夫」「高瀬舟」などの代表作を次々に執筆

「阿部一族」「山椒大夫」「高瀬舟」などの代表作を次々に執筆906994

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この家に住んでいたときに、森鴎外は「青年」「雁」「高瀬舟」などの多くの名作を生みだしました。

「阿部一族」「山椒大夫」「高瀬舟」などの代表作を次々に執筆906996

出典:

陸軍の軍医も務めた森鴎外は、翻訳家としての執筆も多くこなした天才。ここで多くの仕事をこなしていたであろう横顔を今も見ることができますよ。

観潮楼歌会も開催されていた

観潮楼歌会も開催されていた906997

出典:

建物自体は火災などによりなくなってしまったものの、当時を偲ぶことができる銀杏の木や門の石畳などが残されています。

当時、対立関係にあったと言われる正岡子規系「根岸短歌会」と与謝野鉄幹を中心とした「新詩会」のメンバーを集めて、関係を取り持とうとしていたそう。ほかにも芥川龍之介や斎藤茂吉など、森鴎外を訪ねてきた文人も多かったとか。今でも講演会やワークショップなどが行われていますので、ぜひイベントなどをチェックして足を運んでみてくださいね。

「青鞜社」発祥の地

団子坂の上にはひっそりと「青鞜社」発祥の地という看板もあります。

A photo posted by Midori ohno (@middy0731) on

「元始、女性は太陽であった。」を高らかに提唱した平塚らいてうをはじめとした女性たちが、女性による雑誌「青鞜」を刊行した場所です。もともとは発起人の一人・物集和子(もずめかずこ)さんの自宅だったのだそう。

高村光太郎旧居跡

「道程」、「智恵子抄」などでも知られる詩人であり芸術家でもあった高村光太郎旧居跡もまた、ここ千駄木にあるんですよ。
高村光太郎というと東北のイメージが強いかもしれませんが、実は欧州留学から帰国後、この千駄木の地に住んでいたのだそう。もともと東京美術学校(現在の東京芸術大学美術学部)彫刻科に通われていたので、やはり谷根千周辺にも思い入れがあったのかもしれませんね。

さんぽが楽しい谷根千のまち

さんぽが楽しい谷根千のまち907017

出典:tune爺さんの投稿

どこか懐かしい谷根千の文豪ゆかりのスポットをご紹介しました。いかがでしたか?かわいいカフェも沢山あるので、お散歩の合間にお茶しながら読書をしてみるのも楽しいまちです。ぜひ晴れた日は遊びに行ってみてくださいね。

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